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アナログ・トランスフォーメーション

 本日2024年6月22日土曜日の午前11時に、おかげさまでセレクト文庫を開業しました。どうぞよろしくお願いいたします。

この場所が、はんこ屋さんだった頃に、ここで手彫りのはんこをつくってもらっていた方が、ここを懐かしんで訪ねて来てくださいました。

最近は、印鑑もコンピュータで彫る時代になってしまったし、DXという魔法の二文字によって、押印そのものを省略、なんてことも増えています。私としては、世間は、デジタルとアナログの意味をかなり取り違えているのではないか? とふと思うときがあります。デジタルこそが薔薇色の未来、という宣伝が強すぎませんか?

デジタルの単数形であるdigitのもとの意味は、人間の「指」のことです。指で数をかぞえるとき、1の次は2しかありません。1と2のあいたの淡い移ろいは、丸っと消されてしまうのです。つまりデジタルとは、現実世界にある整数部分のみを残して、あとは思い切って捨ててしまうことです。

いわば断捨離の世界。世界認識を、特定の目的のためにわざとスッカスカにすることです。はんこの必要ない、あるいは紙の本のないDX後の世界はつまり、スッカスカの世界ということです。いま世間を騒がせている、有名人を騙るSNS投資詐欺事件などは、はんこによる面と向かっての信頼がスキップされて、なくなったことと無関係ではない気がします。

もちろん、現代の複雑な世界を、あえてデジタルの骨組みだけで捉えて動かしたほうがうまくいくことも、グローバル資本主義においては多いのですが、それはだいたい、金儲けがうまくいく類のものではないかと思います。

私は2010年頃から、Evernoteというデジタルノートを使ってきたのですが、そのEvernoteが経営に行き詰まり、数回に及ぶ事業売却の末に、Evernoteに残した私のライフログも、あと数年でアクセスできなくなるのではないかと心配しています。Googleのサーバーにある私の情報で最も古いのはせいぜい10年前のものです。紙よりもデジタルのほうが闇に埋もれる気がします。

これからは、デジタルプラットフォーマーに対して自由でいられる余地を敢えて残しておく、アナログ・トランスフォーメーションの逆張りが重要になると私は思っています。GAFAの手のひらにすべてを預けてしまうのではなく、肝心要のところは、手元にアナログで持っておく。SNSのトレンドに流されずに、紙の本によって「巨人の肩に乗る」。はんこやぶんこのよさを再発見する時代にこれからなるのではないかとひそかに思っています。

“Bernard of Chartres used to compare us to dwarfs perched on the shoulders of giants. He pointed out that we see more and farther than our predecessors, not because we have keener vision or greater height, but because we are lifted up and borne aloft on their gigantic stature.”

「シャルトルのベルナール(フランスの哲学者)は、我々をよく巨人の肩に乗った小人に例えた。祖先の人たちよりもっとよく遠くを見ることができているのは、我々の視力がよくなったとか背が高くなったとかそういう理由ではなく、祖先の巨人たちが大きくて、それに載せられた我々の視点が上がったことで、高められているだけなのだ、と彼は言っていた。」(12世紀の哲学書Metalogiconより)



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