新刊書店でも古書店でも、多くの書店の文庫本はまずレーベルでまとめられ、発行ナンバー順に並んでいることが多いと思います。神保町の古書店などにいくと、たいてい入り口付近に岩波文庫が色別に並んでおり、探すのは便利なのですが、お目当ての文庫本が見当たらないと、なんとなくその場を離れてしまうことが多いのです。
でもそれって、もったいなくないですか? もはやネット検索で、あっという間に古本は探せる時代です。店頭でやたら検索性を押し出して、出版社の発行秩序に倣う必要なんて、もうないのではないかと思います。とくに、岩波文庫は、色✕ナンバーの「つくり手」順で並べてしまうと、肝心の中身が見えなくなってしまうように感じるのは私だけでしょうか?
セレクト文庫ではすべての文庫本を文脈で並べています。店内にひとつだけ置いてある白い椅子に腰掛けていただき、棚全体をゆっくり見渡してほしいです。本棚は、文庫本のサイズしか収まらない寸法の自作棚です。その棚には、白いカプセルに小分けされた文庫本が、内容の文脈でまとめられて並んでいます。放浪について、料理について、第三の新人について、同じ死に方をした作家について…などなど。
私は、2002年から2020年まで、汐留の電通ビルで働いていたのですが、その隣に、中銀カプセルタワービルという、とても目立つビルが立っていました。その中銀カプセルタワービルについて、ウィキペディアから引用します。
"中銀カプセルタワービル(なかぎんカプセルタワービル)は、黒川紀章が建築設計した集合住宅である。2本の主柱に合わせて140個のカプセル型居住空間が取り付けられ、単身者向けの都心のセカンドハウスとしてデザインされた。一方、利用者のニーズにより事務所としても活用された。1972年(昭和47年)、東京都中央区銀座で竣工し、老朽化により2022年に解体された。世界で初めて実用化されたカプセル建築であることに加えメタボリズムの象徴的建築であり、黒川紀章の代表的作品であった"
メタボリズムとは、新陳代謝のことで、黒川紀章らによって提唱された、日本発のオリジナルな建築概念です。社会や環境の変化に合わせて、建築や都市も新陳代謝をしながら変化していくべきだとの理念に基づき、この名が付けられました。
セレクト文庫の本棚も、新陳代謝をしながら日々変態(トランスフォーム)していきたいので、中銀カプセルタワービルのような本棚を目指しています。店を閉めてから、独り白い椅子に座り、眼の前に広がる背表紙を眺めます。一冊一冊の文庫本が、タワービルの住人です。近しいものは惹きつけあい、対立するものはいがみあう、人も本も同じではないかと思います。軽いもの、重たいもの、厚いもの、薄いもの、価値のあるもの、二束三文のもの、それぞれが矛盾を抱えながら、なんとかして、集合しているのがこの世界です。それでもやがてかすかな破綻が起き、それらはいつか大きなうねりとなって、離散していく。その移ろいこそが、メタボリズムなのではないかと思うのです。
古本屋さんとは、いつの時代も、本棚を独自の目線で新陳代謝するのが仕事です。本棚は、売り手と買い手の相互作用と、作者と読者の相互作用で、少しずつ別物になっていきます。本が売れていくたびに、あるいは新しい本が入るたびに、哀しいような嬉しいような、カプセルや住民のシャッフルが起きるのです。
本やカプセルの入れ替えをしているだけで、1時間位あっという間に過ぎているから、不思議です。定年のない、老後の生業の候補のひとつとして始めたセレクト文庫です。高校3年生のときに、全国模試国語の偏差値が80を超えていた私の老い先にはちょうどいい仕事ではないかと思っています。いまはまだ、千冊に満たない文庫本の書棚を、気長に変態していこうと思っています。