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セレクト文庫のSTP

下館の田町交差点に「セレクト文庫」をひらいて、間もなく1年です。わたくしが金曜日と土曜日に営む、文庫本と茶磁器を扱う小さな店です。この1年、試行錯誤を繰り返しながら、少しずつお店の「かたち」が見えてきました。

以前はマーケターだった経験から、古本屋を始める際も自然と「STP」を意識しました。「STP」とはマーケティング用語で、S「セグメンテーション」、T「ターゲティング」、P「ポジショニング」を指します。平たく言えば、「どんな絞り込みで、どんなお客様に、どんな独自性で古本をお届けするか」を考えることです。

「セレクト文庫」では、Sとして「古文庫本だけを扱う」と決め、一般書や全集、コミック、雑誌、文庫に近い新書さえ扱いません。

次にTは、「本棚よりも本そのものを愛し、見た目の美しさより内容を大切にする(きだみのる)」「読書子」の方々。最近のけち臭い新刊書籍に冷めていて、流行や話題性でなく、じっくり本に向き合いたいと願う方々です。

そしてPは、「東京の神田神保町のような大きな古書店街でも珍しい」と感じていただけるような、少し変わった、でもどこか惹かれる「偏り」の創出。ユニークネスとは誤解を恐れずに言えば、「欠落」なのです。

こうした考えをもとに、「セレクト文庫」のスタイルが固まってきました。

【セレクト文庫のスタイル】

① かわらない一冊、なつかしい一冊、ほろびゆく一冊を、セレクト文庫

時代が変わっても色あせない価値を持つ本、手に取ると記憶がよみがえる本、そして絶滅危惧種のようにこの世界からほろびゆく本。そんな本たちを心を込めて選び、磨き上げてお届けします。

② 文庫本専門の古書店です

文庫本に集中することで、より深く丁寧に本と向き合えると考えています。ただ、お客様から買い取らせていただく際には、文庫以外のすべての印刷物を扱います。そうした本もモットーに合えば「日本の古本屋」というオンラインサイトで販売します。幸いキャッシュやスペースにいまのところ制約はないため、時間をかけてもできる限り多くの本に、次の読み手を見つけたいのです。

③ Amazonとは当たらず触らず

価格は参考にしますが、セレクト文庫はAmazonに出店しません。Amazonが想像もつかない方法で古本を届けたいからです。お店の販売価格は、基本的にアマゾンの中古本「可(読める状態)」ランクの最安値に合わせていますが、「初版1刷」の本はそれ自体が「ほろびゆく」絶滅危惧種として特別な思い入れがあり、多少値段が張ってもその初版1刷を手元に置きたい人に届けたいので、この限りではありません。

④ ネット販売は「日本の古本屋」を利用

専門性の高い古書店が多く集まり、本を大切にするお客様も多くいらっしゃるため、わたくしのような小さなお店でも本の価値を分かってくださる方と繋がりやすいと感じています。

⑤ ワンオペがデフォ

わたくしひとりで目の届く範囲で、心を込めてできることだけを。たとえ人気があってすぐに売れる古書だとしても、「売りたい」と思えないものは並べません。

まとめ

以前サラリーマンとして働いていた頃、会社のために一生懸命働いても、結局は会社を大きくするための労働かもしれないと感じることが多々ありました。会社を辞めれば立場も肩書きもなくなります。しかし古本屋の仕事は少し違います。例えばブックオフで110円で買ってきた文庫本が当店で2200円で売れた時、評価されるのはわたくしの「目利き」の力だけです。肩書きや立場は一切関係ありません。

本に書かれた言葉や物語、つまり活字で記されたテキストはデジタルなので、個人の身体や立場とは関係なく、それ自体で価値を持ちます。面白い本、価値のある本を安く仕入れられれば、売り手の属性に関わらず、その本の価値を認めてくれる人には高く売ることができる。これはとても自由で、単純で、フェアなことだと感じています。

日本の隅々まで行き届き、正確で安価な郵便サービスも、この仕事をする上でとても恵まれており、遠方の読書子のお客様にも安心して本をお届けできます。

「セレクト文庫」はこれからも、下館の片隅にありながら、しかし日本に遍在する読書子の店でありたいと願っています。もしお近くにお越しの際は、どうぞふらりとお立ち寄りください(といっても金曜日の17時-20時、土曜日の11時-17時営業)。あるいは「日本の古本屋」のセレクト文庫を時々ご覧ください。あなたにとっての「かわらない一冊、なつかしい一冊、ほろびゆく一冊」が見つかるかもしれません。

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