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「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」三宅 香帆 (著)

 こういう稼業をしているせいか、この本のことが話題になることが多いです。

「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」

その結論を私なりに一言でいうと、相互監視のムラ社会に組み込まれると、セレンディピティは邪魔になる、ということだと思います。セレンディピティとは「思いもよらなかった偶然がもたらす幸運」のことです。そもそも読書というのは、思いがけない発見、「言われてみればそうだ」を期待して読むものです。そんな当てにならないものを追いかけている精神的、時間的な余裕がない、ということもあるでしょうが、本質的には、「あいつは読書のような、全然このムラと関係のないことに現を抜かしているやつだ」と思われるのがリスキー、という恐怖に尽きるのではないかと思います。(だから、本当は、ウラで隠れて本をたくさん読んでいる人も、多いと思います。)

内閣総理大臣が、盆暮れの長い休みの前になると丸善に出向き、新刊書を買うという恒例のニュースがありますけど、あれは、長期休暇にしか読書はしないことの宣言でもあるわけです。一方で、石破茂は、飲み会にもあんまりいかず、ぽつんと独りで本を読んでいるような男でしたから、人望がないとか、変わった人とか言われていますね。あんまりです。集団に同化せずに、本なんて読んでいる奴はろくでもない、というイメージの典型ではないかと思います。そのムラ社会に余裕がなくなると、本を読んでいる奴らを本を読んでいるからという理由で吊るしあげて排除する、なんていうこともあるのです。

でも最近は、読書もスマホでできてしまうので、読書子には天国のような時代になりました。

周りからは、果たして彼は本を読んでいるのか、SNSを見ているのか、コミックを読んでいるのか、それともニュース記事なのか、特定されにくいんですね。最高です。私なんて、エニタイムフィットネスのトレッドミルで、スマホを見ることさえせずに、耳だけで山本周五郎を聞いていたりします。遊湯館でサウナに入りながら、宮本輝のエッセイを聞いていたりします。まあ、下等遊民の私が何を読んでいるかなんて、誰もなにも気にしていませんが。

あと、三宅香帆さんが言っていたことで印象に残ったのは、昔はエリートは知性があることが当たり前で、知性は読書から得るものだったのに、それがなくなったみたいなことです。私がかつていた広告業界も、昔はインテリジェンスがものを言うようなシーンが多かったように思うのですが、徐々にエモーショナルなお仕事に変わりました。2020年東京オリンピック・パラリンピック大会のスローガンは「United by Emotion(感動で、私たちは一つになる)」でしたけど、英語のemotionって、「狐憑き」みたいな状態ですからね。ぜんぜん良いニュアンスはないです。私によれば、United by Emotionとは、「狐憑き連合」です。なので、「エモい」という言葉を喜んで使っている人も、私にはどこかもの哀しいのです。

あ、広告業界はもう、私のようなインテリ(笑)のいるべき世界ではないなと気づきました。

今となってはありとあらゆるお仕事で、インテリジェンスなんかイラネ、人をとことん狐憑きに変えてしまう人、モノ、技術だけが求められているので、本なんて読んでいるとロクなことにはなりません。逆に言うと、「狐憑き連合」が本当は嫌いな人は、いい本をたくさん、こっそり読んだらいいのではないかと思います。図書館で借りれば完全無料です。セレクト文庫には、もう死んでしまった作家の文庫本しか置いていませんから、印税の1円も要らない物故作家による、コスパとかタイパとまったく関係のない世界への入口、今風のエモい語彙で言えば、「ゲートウェイ」でもあります。

よろしければ以前書いたこちらもご覧ください。



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